最高裁判所第一小法廷 昭和54年(す)113号 決定 1979年7月02日
主文
本件訴訟費用執行免除申立権の回復請求及び訴訟費用執行免除の申立を棄却する。
理由
訴訟費用執行免除申立権の回復請求については、特にこのような請求を認めた規定が存しないばかりでなく、上訴権回復に関する規定(刑訴法三六二条以下)の準用が認められるのは、上訴に準ずる申立の場合に限るものと解すべきところ、訴訟費用執行免除の申立は上訴に準ずる申立とはいえないから、上訴権回復に関する規定の準用によつて訴訟費用執行免除申立権の回復請求を認めることもできないというべきである。したがつて、本件訴訟費用執行免除申立権の回復請求は不適法であり、また、本件訴訟費用執行免除の申立は、申立期間経過後にされた不適法なものであるといわなければならない(当裁判所昭和三六年(す)第二三九号同年七月一三日第一小法廷決定・刑集一五巻七号一〇八二頁参照)。
よつて、裁判官団藤重光の意見があるほか、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。
裁判官団藤重光の意見は、次のとおりである。
訴訟費用執行免除の申立(刑訴法五〇〇条)については上訴権回復に関する規定(刑訴法三六二条以下)の準用がないというのが当裁判所の判例であるが(昭和三六年七月一三日第一小法廷決定・刑集一五巻七号一〇八二頁)、わたくしは、この判例は変更されるべきものと考える。右の第一小法廷決定は、これを認めた規定が存在しないことを根拠とするが、これはあまりにも形式的な理由だといわなければならない。最高裁判所のした上告棄却の決定に対する異議の申立は厳密な意味では上訴とはいえないが、これについては、いまや、当裁判所の判例もまた異議申立権の回復がありうることを認めるにいたつているのである(昭和四二年(す)第二四〇・二四一号同年九月一九日第三小法廷決定・裁判集刑事一六四号五四五頁)。本件の多数意見は、前記第一小法廷決定のような形式論に終始することなく、「上訴に準ずる申立」のばあいについては右規定の準用をみとめるとともに、訴訟費用執行免除の申立は「上訴に準ずる申立」にあたらないからこれについてはその準用を認めないというのであつて、これは右判例に実質的考慮による裏づけを与えるものであり、わたくしとしても、これに対して敬意を表するのにやぶさかでない。しかし、私見によれば、上訴権回復のような原状回復の制度は、被告人の実質的保護を考えるべき刑事訴訟法の根本精神のひとつの露呈にほかならないのであつて、その趣旨は、「上訴に準ずる場合」を超えて、類似の他のばあいにも、適当な形と限度において推及されるべきものである。刑事訴訟規則が期間経過後の控訴趣意書・上告趣意書の提出について、「その遅延がやむを得ない事情に基くものと認めるとき」は、期間内に差し出されたものとして取り扱うべきものとしているのも(刑訴規則二三八条、二六六条)、この趣旨は明文化したものにほかならず、これを限定的な規定と解するのは、刑事訴訟法の本質を見誤るものである。わたくしは、訴訟費用執行免除の申立についても、上訴権回復の規定の広義における準用があるべきものと考える。ただ、控訴、上告、即時抗告などとちがつて、訴訟費用執行免除の申立については、訴訟費用の負担を命じる裁判の確定後二〇日という長い申立期間がみとめられているのであるから、その期間内に「自己又は代人の責に帰することができない事由によつて」申立をすることができないということは、よほどの事情があるばあいでなければ認めることができないであろう。また、そのような事由が認められるばあいであつても、「事由が止んだ日から上訴の提起期間に相当する期間内」(刑訴法三六三条)に準じて、二〇日以内に回復の申立をすれば足りるというのは相当でない。むしろ、かような事由がやんだときは遅滞なく回復の申立がされるべきものと解しなければならない。わたくしが、さきに、訴訟費用執行免除の申立に上訴権回復の規定の広義における準用があるといつたのは、その趣旨である。
ただ、本件においては、所定の期間内にやむをえない事情によつて申立をすることができなかつたという事実は認めることができないのであつて、本件申立権回復の請求は理由がなく、訴訟費用執行免除の申立は不適法であつて、いずれも棄却を免れない。したがつて、私見も、本件に関するかぎり、結論においては多数意見と同一に帰着する。
(戸田弘 団藤重光 藤崎萬里 中村治朗)